おかひできさん 映画「ウルトラマンサーガ」監督
2012年3月24日公開「ウルトラマンサーガ」の監督・おかひできさん。
「泥まみれになりながらでも、やり続ける。その先にしか、道はない。」
HOME > この人に聞きたい!(インタビュー)
将来を考え始めた子どもたちに、大人は何を伝えるべきか?
誰もが知っているあの人、その道のスペシャリスト、はたまた教育界から・・・
さまざまな分野の人々が「仕事」「やりがい」「お金」を切り口に熱く語る!
中学を出たら高校に行き、大学や専門学校などに進み、卒業するまでに自分のやりたいことを見つけて就職しなければならない --- そう思い込んでいる子が多いのでは?「夢を叶えるということは、そんな単純なことではない」。そう語るのは、神奈川県の湘南エリアをカバーするコミュニティFMでラジオDJ&パーソナリティーを務める、DJ・HAGGY(ハギー)こと萩原浩一さん。ご自身、多感な少年時代を複雑な環境で育ち、高校卒業後は、国家公務員、教員として働きながら通信制大学を卒業。遠回りさえも「いい人生経験」ととらえ、その一方で小学5年生のときに抱いた、「ラジオDJになりたい!」という想いをひと時も忘れず、36歳にしてついに夢をつかんだ。そして今では、ラジオDJ人気ランキング1位(※)に上りつめただけでなく、幅広い分野で活躍されている。そんなハギーさんが、ラジオDJに思いを馳せた少年時代、夢を追い続けた社会人時代をたどってみた。
※『ラジオ番組表2010秋号』(株式会社三才ブックス発行)第3回人気DJランキングによる。
品川女子学院は、わずか7年間で入学希望者が60倍になり偏差値が急上昇したことで教育界のみならずビジネス界からも注目されています。短い時間にメンバーを変えずにこれだけの変化を起こさせたということは、誰だってスイッチさえ入れば自信と希望を手に入れられるということ。今回は、漆校長が教職を目指したきっかけ、最終的に国語教師を選択した経緯から、これまで数多くの生徒のスイッチを入れてきた「28プロジェクト」まで、たっぷり語っていただきました。さらに、教育の現場で長年子どもたちを見続けてこられた経験をもとに、親御さんへのメッセージもいただいた超ロングインタビューです。
幼い頃に読んだ絵本の豚が大好きで、子どもの頃は、豚を飼って暮らすのが夢だったという柿沢安耶さん。その豚を発端に、野菜パティシエというお仕事にたどり着きました。豚と野菜パティシエ? まったく関連がなさそうですが、豚、トリュフ、フランス料理・・・と連想ゲームのように「好き」の周辺に興味を持ち、探求し、体験することを続けた先にあったのが野菜パティシエのお仕事でした。それは、あきらめないで自分の想いに正直になれば、あるとき夢の扉が開くという、まさに「好き」を仕事にするお手本と言っても過言ではありません。
好きなことがあれば、夢も目標もいらない。純粋にそれを楽しみ、追求していけば、道は自ずとできるのだ。プロサッカー選手・中村憲剛さんは、天才でもなければエリートでもない。それを自分で分かっていたから、プロという高い頂に背伸びして挑むこともしなければ、日本代表という雲の上のポジションを勝ち取るべく過剰な自己主張もしてこなかった。ただひたすら、目の前にある課題を1つずつクリアし、着実に技術を極めてきた。その延長線上に、プロがあり、日本代表の座があっただけなのだ。そんな中村選手の礎になっているのが、子どもの頃、親に言われた「全部自分にはね返ってくる」という言葉にほかならない。
希望が断たれた時、あっさりとそれを捨ててしまうところがいい。こうありたい、こうでなければならないという枠にとらわれず、つねに自由な生き方をしている。いわゆる天才肌である。音楽の道を捨て、進んだ美容師の道では「新世代ヘアー界のカリスマ」と呼ばれるまでに。さらに、人気TV番組「おネエ★MANS」に出演し、「平澤隆司」の名前は全国区に。その平澤さん、10代の頃はどのように過ごし、ヘアーアーティストの階段を上りつめたのだろうか?
「この仕事に向いているのは、人を楽しませるのが好きで、高いエンターテインメント性を持っている人」と笑顔で語るJTB田川社長。日本の旅行業界を代表する企業の社長であることを、一瞬忘れさせるようなちょっとやんちゃな表情は、お話を聞いていくうちに、子どもの頃、勉強そっちのけで大いに遊んだ原体験がベースになっていることが分かる。中高生諸君、将来の仕事を考えることも大事だけど、その前に、まずは外に出て自然とふれあい、感性を磨こう。
天職とは、思いがけず出会うものかもしれない。青森県弘前でイタリアンレストラン「オステリア エノテカ ダ・サスィーノ」を経営する笹森通彰さんも、そんな一人と言えるだろう。専門学校時代、イタリアの車とサッカーが好きだった笹森さんは、イタリア関連ということで、イタリアンレストランでアルバイトを始めた。あるとき、作ったまかない料理をほめてもらい、扉が開いた。その後は、まるで見えないレールに乗ったかのように、イタリアンシェフの道をひた走る。そう、“一流になる”という夢に向かって。
有名人はみんな順風満帆に生きているかというと、そんなことはない。人それぞれ、想い悩み、成長しているのだ。アルピニストとして数々の実績を持ち、現在、エベレストや富士山での清掃をはじめ、さまざまな社会貢献活動を率先して行っている野口健さんも、少年時代はありあまる若いエネルギーを持てあましていた一人なのだ。では、どのようにして道を見出し、今の仕事に至ったのか、野口健さんの多感な10代を振り返っていただきました。
15歳で全日本代表に選ばれて以来、名セッターとして、オリンピックやワールドカップなどでチームを率いてきた中田久美さん。全日本の司令塔時代に果たした役割から現在の心境までを、本音で語っていただきました。
かつて、ルー大柴さんといえば、うるさくて、暑苦しくて、嫌いなタレントNo.1にもなったほど。でもそれは、とにかく名前を覚えてもらうための“戦略”だったとか。再びブレイクした今回は、懐の深さも備え、「ブログを読むと元気が出る」と若者のハートをしっかりキャッチ。そんなルー大柴さんに、自分らしく生きるための信条をお伺いしました。
くじけそうな心を奮い立たせる、前向きな気持ちを素直に表現したロックンロールが魅力のゴーイング・アンダー・グラウンド。リーダーの松本素生さんは、当初、プロになるつもりはなかったとか。現在の心境も含め、お話しを聞きました。
ゲストに向かってズバズバのものを言う姿が印象的なジャーナリストの田原総一朗氏。そんな氏も、若いときは多くの挫折を味わったそうです。どうやってそれを乗り越えたのか、ご自身の経験を交えて語っていただきました。
「人類の夢」というこの上ない大きな任務を担い、地球を飛び立つときは世界の注目を浴びる職業、宇宙飛行士。野口聡一さんは、2005年7月にスペースシャトル「ディスカバリー号」に搭乗し、日本人宇宙飛行士として初めて国際宇宙ステーションで船外活動を行いました。さらに、2008年5月には、国際宇宙ステーションの第20次長期滞在搭乗員に任命され、新たなミッションに私たちの期待も高まります。今回は、訓練施設のあるアメリカから、貴重なメッセージをいただきました。(取材は2007年12月に行いました)
学生時代からその作品を評価され、モ-ツァルトの未完曲「ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための協奏交響曲イ長調」を、オーストリアの国際財団モ-ツァルテウムからの依頼で補筆・完成(1991年)させるなど、クラシックの分野において、世界的な名声を手にする一方、映画やドラマ、アニメなどの音楽も手掛ける作曲家の三枝成彰さん。活躍の場は音楽の枠を超え、大学の教授やコンサートのプロデューサーもされています。そんな三枝さんですが、ご本人によると「作曲家は父が決め仕事。自分には才能がないから、人の3倍努力した」そうです。一つの分野で名を成した“天才”の舞台裏はどうなっているのでしょうか?早速、のぞいてみましょう。
「夢に日付を」を座右の銘に、それを着実に実現してきたワタミ株式会社の渡邉美樹社長。2020年の1兆円グループ企業という次なる夢に向け、外食以外の介護・農業・環境・ 教育など新規事業も展開しているところです。教育においては、現在、個人として郁文館夢学園の理事長になり、学校教育の改革に取り組んでいらっしゃいます。教育現場で感じる問題点、子どもたちの価値観、ご自分の夢、教育の役目について語っていただきました。
先日、37歳でプロ復帰宣言をされた伊達公子さん。テニスプレーヤーとして活躍し、日本人女性初の輝かしい成績をいくつものこしてきた伊達さんに、世界の舞台で戦い続けてきたトッププレーヤーならではの経験を語っていただきました。
スマップのアートワークからDoCoMoのプロダクトデザイン、ファーストリテイリングのCI、幼稚園のリニューアルプロジェクトなど幅広いジャンルで活躍するアートディレクター佐藤可士和さん。絵が大好きだった子ども時代から現在の夢まで、率直に語っていただきました。
人口360万を抱える横浜市。その行政のトップに立つのが41歳の中田宏市長です。「世の中の不条理を追及するのが自分のレゾン・デートル(存在意義)」という中田市長に政治家になったいきさつ、国政と地方行政の違い、職業観教育の考え方や取り組みなどについて、お話を伺いました。
書籍『13歳のハローワーク』には、出版以来多くの読者カードが寄せられていますが、その半数以上が子どもを持つ母親からの感想です。当サイトでも、将来を考える子どもたちのサポート役である母親の視点も常に大切にしていきたいと考えています。今回は、双子のお母さんでもある参議院議員蓮舫さんに、政治家の立場はもちろん、母親の視点も交えながら、政治、教育、子育てについて、たっぷりお話しいただきました。
銀行員から経済学者、そして総務大臣へ。「経済をテーマとした仕事」というスタンスは一貫しています。竹中大臣が「経済」に関心を持ったきっかけ、政治家という仕事のやりがい、現代の若者をめぐる職業選びの難しさなどをお話しいただきました。
代表就任以前から、国内の教育現場へも積極的に視察を行う前原誠司衆議院議員。
政府のニート対策、あるいは教育についての取り組みについてはまだまだ物足りないものがあるようです。野党からみた現在の教育行政の問題点、職業としての「政治家」の魅力、また「メール事件」のその後についても語っていただきました。
恵比寿ガーデンプレイスにひときわ目立つシャトーレストラン。そのエグゼクティブシェフの渡邊雄一郎さんは、仏料理界の巨匠ジョエル・ロブション氏の料理を伝える直系の日本人シェフとして活躍しています。食に関わる仕事の中でも華やかに見えるフランス料理の世界ですが、シェフになられたいきさつや、レストランの舞台裏について、魅力的なお話を伺いました。
日本で初めてシンセサイザーを輸入し、独自のサウンドを生み出した冨田勲さん。学生時代より作曲活動に入り、70歳を過ぎた今もなお、電子音楽やオーケストラの魅力を自在に引き出し、スケールの大きな音楽を世界の人々に送り続けています。今回はご自身の創作活動を振り返りつつ、幼い頃からの関心事が、どのように仕事へとつながっていったのか、そして、シンセサイザーとの出会いからビルボード誌のクラシックチャートの1位を獲得するまでについて、お話をいただきました。
常に人気ホテルランキングの上位に位置し、お客様の満足度の最も高いホテルのひとつ、それがザ・リッツ・カールトン大阪です。2007年春には東京への進出も決まり、あの上質なサービスが六本木の「東京ミッドタウン」で展開されることになります。日本支社支社長の高野登さんに、ホテル業界で働くことの魅力や、今後の業界動向、さらには御自身の教育論についてお聞きしました。
大学卒業後、雑誌『Number』の連載を初めスポーツ関連の執筆活動が中心だった乙武さんですが、実は今年から活躍の場を教育の分野に移しつつあります。
既に新宿区教育委員会の非常勤職員として学校現場に赴く一方で、教員免許取得の準備にも入り、今年度は積極的に活動を展開中です。新たな夢に向かってエンジンをかけ始めた乙武さんに、そのきっかけや学校現場で感じたことなどについて、お話を伺いました。
公教育の改革への取り組みや、自ら開発された授業[よのなか科]などで話題の、都内初の民間中学校長 藤原和博さんに、中学生を子どもに持つ親や中学生教師が、子どもの将来の仕事について考えるときに、どのようなことを意識して指導していけばいいのかをお伺いしました。