文学に関しては批評家といわれることもある。代表的なのは「文芸評論家」で、小説や詩を批評したり評論したりして、読者の理解を助けたり文学の質の向上に貢献する。その国が近代化を進めているとき、つまり近代文学が国民に必要とされているときは、評論家は思想やイデオロギーや価値観を作り出すという重要な役目を負うことがある。近代化というのは古いシステムや考え方を、グローバル(世界的・国際的)で新しいものに変えていく過程なので、どうしてもいろいろなところに無理や矛盾が生じる。国民の生活自体はよくなっていくことが多いので、近代化の矛盾は繁栄の陰に隠れがちになり、文学はその隠されたものを物語に織り込んで姿を与えるわけだが、評論家はその作品に込められたテーマを読み解くのである。日本では近代化がほとんど終わり、社会が成熟期に入っているので文学評論は必要ではなくなりつつあるが、それでも文芸評論家と呼ばれる人たちは大勢残っている。ほかに経済評論家、軍事評論家、政治評論家などほとんど無数の種類の評論家がいる。評論家になるには、とりあえずその専門分野の知識が必要だが、その専門分野への強い興味があることが必須の条件となる。
何をもって評論家というのか定義が曖昧なため、その人数を把握することは不可能ですが、『現代評論家人名事典』という人名事典には、政治からファッションまでさまざまな分野で現在活躍中の評論家が専門分野別に3261人掲載されています。(※1) ※1 『現代評論家人名事典 新訂第3版』日外アソシエーツより
評論家の年収はまさにピンからキリまで。例えば著書の場合、1冊1500円として20万部のベストセラーを出せば3000万円(印税率10%で計算)の収入になりますが、2000部では30万円にしかなりません。講演活動のギャランティにしても1回数万円というケースもあれば、ある程度名が売れると数十万円から100万円を超す場合もあります。ちなみに、評論家としての活動をすることも多い大学教授の推定平均年収は1154万円、大学助教授は917万円、記者は783万円程度となっています。(※2) ※2「賃金構造基本統計調査 平成16年」厚生労働省より推計

例えば何かをテーマに本を一冊だせばそれだけで評論家であるともいえます。だから、カレー評論家もいれば、ジェットコースター評論家と名乗る人も存在します。ただし、評論だけで生計を成り立たせようと思ったら、そのテーマは世間的なニーズが高いことが必要であり、随分と絞られてきます。代表的なテーマとしては、政治、経済、経営、社会、国際、教育、軍事、科学、情報といった時事・学問的なもの。あるいは文芸、映画、演劇、美術、音楽などの文化・芸術的なもの。さらには美容、健康、服飾、グルメ、スポーツ、自動車など趣味や生活に関わるものなどが挙げられます。
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