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コチラ13hw舞台ウラ ★編集部スタッフが綴る★ 横溝:~家族で世界旅行~素敵な家族との出会い・アルゼンチン編(11.25)

2009年11月25日

いよいよ~家族で世界旅行~ブログも最終回。

最後は、アルゼンチンのブエノスアイレスで出会った、
素敵な移民の家族のお話です!

今まで読んで頂き、ありがとうございました。

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アルゼンチンのブエノスアイレスでは、
ダブルベット1つだけで部屋がうまってしまう位の、小さな小さな宿に泊まった。

私たちは家族3人で子どもも一緒の旅だったのもあり、洗濯物がとにかく大量に出た。
毎回自分たちで洗うのは大変なので、世界各地でコインランドリーに行ったり、
クリーニング屋さん(通常の洗濯もしてくれる)に出したりしていた。
もちろん、ブエノスアイレスでも。
たまたま宿の裏に日本の日の丸が描かれたクリーニング屋さんがあったので、
ある日洗濯物を持ってそこに行ってみた。

そうしたら日本人のお母さんが出てきて、
「大久保さん(私の現在の苗字)ってそこの○○宿に泊まってる大久保さん?」
と聞かれた。
そこのクリーニング屋さんの名は「KUBO」さん。
どうやら私たちが宿泊した宿のシーツなどの洗濯もしているらしく、
その宿のスタッフに
「今度日本から『OKUBO』と言うのが来ると予約が入ったが、『KUBO』さんの親戚か?」
と聞かれたので、私たちの事を知っていたらしいのだ。
外国人からすると、『OKUBO』と『KUBO』だから、親戚だと思ったのだろう。

そんな出会いが縁で、久保家の夕食に招待してもらった。
ナント、久保家は太平洋戦争後に、広島から移民してきた家族だった。

たまたまブラジルのサンパウロで、移民の歴史に少し興味があり、
「移民博物館」を見学していた。
TVでは知っていたものの、展示物などを見て実際の生活を知ると、
それはそれはすさまじいものだった。

移民の人たちが住んでいた近くにいた猛獣たち・・・みたいなコーナーでは、
アナコンダや、大きな肉食獣の剥製が数多く展示されていて、
それだけでも恐ろしかった。

今でこそ「BRICs」なんて言われているけど、
研究熱心な日本人が農作物の品種改良をしたりして、今の南米の農業を作った!
と言っても過言ではないくらい、移民の人たちの貢献があったらしい。

まさに、生で移民の方の話が聞きたい!
と思っていたところに、久保家からのお誘いだったのだ。

久保家は広島に住んでいたが、終戦後仕事も無くなり日本も大変になると言われ、
そこに「楽園の南米で働こう!」みたいなキャンペーンがあり、
米(アメリカ)の南だから良いところだろうと、一家で移住を決心したそうだ。
まさかその後に日本がこれだけ良くなるとは当時思いもしなかったらしい。
被爆した広島に住んでいたんだから、そう思ってしまうのも仕方なかったかもしれない。

最初はパラグアイに移住したそうで、実際に来たら楽園ではなく荒れ果てた土地で、
まずはそこを自分たちで開拓しなくてはならなかったそうだ。
そして決して肥沃ではない土地での農作業、、、とてもつらい労働だったそうだ。
夜になると獣の鳴き声がしたり、病気にもなったり。。。

久保家に見せてもらった移民当時の貴重な写真
【久保家に見せてもらった移民当時の貴重な写真】

食べ物も当然日本食なんか無いので、すべて自作したそうだ。
豆腐や醤油なんかも、似たような作物を使って自分たちで何とか作り、
それを同じ移民してきた日本人で分け合って食べ、
救い合って生きてきたそうだ。

今は楽しく笑って色々なエピソードも話してくれたが、
本当に衝撃的で、聞くこと全て驚いた。

移住した当初は何度も帰国したいと思ったらしいが、
周りの反対を押し切って来たのもあり、意地もあって帰らなかったそうだ。

でも、今ではパラグアイとアルゼンチンに根を張って、
家族がその各地でレストランを経営したりして、
それぞれ幸せに暮らしているとの事だ。
すっかり心も南米化していて、「No Football,No Life!」(笑)で、
そんなところも私たちととても話が合った。

ブエノスアイレスを発つ日に、お礼とさよならを言いにお店に寄ると、
おばあちゃんが泣いて別れを惜しんでくれた。

アルゼンチン/ブエノスアイレス | 久保ファミリーと
【アルゼンチン/ブエノスアイレス | 久保ファミリーと】

それから私たちはこの久保家を第二の家族と慕い、
「アルゼンチンのおばあちゃん」
「アルゼンチンのお母さん」
「アルゼンチンのお父さん」
と呼び、今でも電話をしたり手紙を出したりしている。

アルゼンチンから電話してくる時も、
「アルゼンチンのお母さんだよぉ~!!!」と、
掛けてくるから、まさに第二のファミリーである。

不思議な縁あっての出会いだったが、
神様が仕組んだのかな?!?とさえ思える、運命的なものだった。
これからもこの家族との出会いを大事にしていきたい。
大好きな久保家の皆様、本当にありがとう!!!
また必ず!必ず!会いに行きます!!!

こういうことがあるから旅ってやめられないのだ!
またいつか家族で旅に出よう・・・。

長らくお世話になりました。
私事ですがおなかに赤ちゃんが出来、11月末で退社致します。
私の後は新しいインターンの学生たちが、
この編集部ブログコーナーを引き継いでくれることと思います。

これからも13歳のハローワーク公式サイトを
何卒、何卒よろしくお願い致します。
本当に、ありがとうございました!

(13歳のハローワーク公式サイト 編集部/横溝)

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