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回答・コメントする(No.5664)
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あきらめなければ夢はかなう?
[Q] 私には夢があります。
でも最近その夢が難しいんじゃないかと思ってきました。
親や先生は[color=blue]あきらめなければ夢はかなう、あきらめるな[/color]と言ってきます。
[color=red][size=4]『あきらめなければ夢はかなう』って本当でしょうか?[/size][/color]
頑張っても夢がかなわないこともありませんか?
奇麗事じゃなくて本当のことが知りたいです。
To yama-sanさん
コメントありがとうございます。
夢をあきらめても追いかけていた夢が役に立つこともあるんですね。
でもあきらめたからといってそれは好きではなかったというのは違うと思います。
いくら好きでも夢がかなわないときはあると思います。
そこのところはわたしももっと考えてみようと思います。

夢をあきらめる瞬間って、年を重ねればやはり出て来ます。
けれども、あきらめるというよりかは、「こういう風にしたい!」と思って努力を重ねる中で、だんだんと自分の実力や周りの状況等が自分自身に見えて来て、自然と「これはダメだな」しっくり分かる、という事だと思ってます。
否定的に「やーめた」とか「もうできないわ…」って思うのではなくて、自分にはこの道は極められない、これは私のにはもう進められない、いや、これじゃこの仕事でお金をもらえるようになるまで時間がかかりすぎるわ、、というような現実的な事が、ある瞬間自分にとても良くわかるの。
自分がある道をあきらめた時、私は自分の実力を自分で理解できるだけの力がついた事を、むしろホメてあげたいくらいと思ったかも。
もしもはるかさんがまだなりたい何かに向かって努力をしている途中で、夢をあきらめる理由が自分自身に良く分かっていないのなら、まだ続けてみるべきかも。
好きな道を極めて行く中で、そのゴール手前の分かれ道に、ゴールそのものとは違うけれども、自分の好きだと思える違う出口を見つけられるかもしれないから。
大人が「あきらめるな」っていうのは、その道の途中にある脇道に、ゴールに近いけれども遠くない、好きでいられる何かかもしれないよ、って思うからかもしれないな。
何かが好き、って、それだけでとってもすごい事。
無理しなくても、自然に自分自身がもっともっと調べたり、詳しくなってしまうのだから、すごいエネルギー!
それさえあれば、本当に怖いもの無しというのが、「好き」という気持ちだと思うなぁ。
だから、私自身ははるかさんが夢だと思っている事が本当に好きな事だったら、あきらめるとかあきらめないとか考える前に、自然と続けちゃってると思います。
逆にあきらめてもいいかもと思えるくらいなら、本当に自分の「好き」な気持ちをひっぱれる夢じゃなかったのかも。
もしそこまで好きじゃなかったら、それよりもっと好きかも?って思える道を改めて目指してみるのも1つじゃないかな。夢もゴールも、1つって決まったわけじゃないから。
弁護士になりたかった私は今でも話し合いでは負けない話術と法律と現実の違いを理解できるし、気象予報士になりたかった私は今でも天気予報が得意だし、地質学者にも興味があった私は、今でも岩石を見ればいろいろな成り立ちを想像できる知識があるし、折り紙が得意だった私は外国人の子供の前で大きな顔してるし(笑)
どれも職業として成り立てる事をあきらめた夢だけれど、今の仕事に、全部とても役に立ってますよ!
もちろん今の仕事にめぐり会うまでは、それらの知識が役に立つなんて思ってもいなかった事なのだけれども。
あきらめる事そのものは悪くないと思うし、いつかあきらめなくちゃいけない事もこの先きっとたくさんあると思う。
けれども、あきらめる、という結論に至る道で手抜きしちゃうと、少しでも傾けた情熱や時間のすべてを無駄にしてしまう事になってしまうのよね。
何かを途中で止める事があったとしても、それはきっといつかどこかで役に立ちます。
それが人生のどこかで役に立ちはじめた時に「もっとやっておけばよかった」と思わなくて良いように、今好きだと思える事に、ぜひ打ち込んでみて下さい!
To ハロワのおやじさん
コメントありがとうございます。
ハロワのおやじさんがおっしゃりたいことはよく分かりませんでした。
ですが「私は無責任に「あきらめなければ夢はかなう」などとは言いません。」という言葉を見て少し安心しました。
ハロワのおやじさんが書いてくださった前提条件をひとつひとつ確かめてみようと思います。
To はんがんさん
長文のコメントありがとうございます。
「じゃあ、どうして人は夢をあきらめるんだろう?」という質問はわたしには難しいです。
はんがんさんのコメントを見て、夢をあきらめないこともあきらめることも簡単にはできないと思いました。
わたしは夢をあきらめようと思っているわけではないのですが、あきめらめるときにははんがんさんの言葉を思い出して真剣に考えてみようと思います。
To まこさん
コメントありがとうございます。
「大人はズルい」と自分でおっしゃる大人の方は初めて見ました。
そういう大人の方から「「あきらめなければ夢はかなう」、これは本当ではありません」というコメントをいただけると少し安心します。
親や先生が「あきらめなければ夢はかなう」と言っているのは、夢の押し付けじゃないかと考えることもあります。
でもまこさんがおっしゃるとおり夢を応援してくれているのかもしれません。
もう少し考えてみようと思います。
To でんきやさん
コメントありがとうございます。

こんにちは、はるかさん。
「奇麗事じゃなくて本当のことが知りたい」とあるので率直に回答します。
「あきらめなければ夢はかなう」、これは本当ではありません(嘘とは言いませんが)。
ちょど1年ほど前の3月9日、
「あきらめなければ夢はかなう」の言葉をキャッチフレーズに、
あの高橋尚子選手は名古屋国際マラソンに挑みました。
北京オリンピック女子マラソンの代表を選考する大会でした。
結果は27位。北京オリンピック出場という「夢」はかないませんでした。
こういう現実もあります。
また、ちょうどタイムリーに、
脚本家の山田太一さんが、
「僕は一握りの成功者が『頑張れば夢はかなう』と言うのは傲慢だと思っています」
と発言しネットで賛否両論の大反響になっているというニュースを見ました。
山田太一さんは、現在放送中のドラマ「ありふれた奇跡」の脚本家です。
現在発売中の「日経ビジネスAssicie」2008年2月19日号に
元のインタビューが載っていますので、ぜひ読んでみてください。
私も読んでみましたが、結構おもしろかったです。
大人はズルいので、
「あきらめなければ夢はかなう」という言葉と、
「夢なんて見てないで現実を見なさい」という言葉を使い分けます。
はるかさんの場合、ご両親や先生から、
「あきらめなければ夢はかなう」と言われているということは、
はるかさんの夢は、まだ実現可能なラインにあるのだと思います
(少なくともはるかさんのご両親や先生は、実現できると思っています)。
そのうち、夢が実現不可能なラインになってくると、
「夢なんて見てないで現実を見なさい」と言われてしまうでしょう。
夢を応援してもらえるはるかさんは、幸せです。

こんにちは。どのようなものかは存じませんが、今のあなたが夢を持っているということはすばらしいですよね。それは大切にしてほしい。でも、それがどのような夢であっても、それがかなうかどうかと不安に思うのも、自然なことでしょう。ある程度健全な「おそれ」を持つことも、人生にはまた大切です。
TV番組などでよく、スポーツ選手などが、その職業にあこがれる子どもたちに「将来の夢をあきらめずに持ち続ければ、それはきっとかなう」といった話をする場面があります。子どもたちは目をキラキラさせてその話に聞き入っています。この話は確かに正しい。だって、話している本人が、そうやって夢をかなえたのです。同じ夢を追いかけている子どもたちを、そうして応援するのは当然です。
一方、この話にはもう一つの視点があります。「だけど、夢をあきらめずに持ち続けるのは、とても難しいよ」ということを、彼らはなかなか話してくれません。それを知ることが、夢をかなえる最初の一歩でしょう。
妙なたとえですが、日本で一番難しいと言われている東大に入学するより、プロサッカー選手としてJリーグのチームと契約する方が、あらゆる意味でずっと難しい。なるのが難しい職業の代表格である弁護士と比較しても、やっぱりサッカー選手の方が難しい。私たちはどちらかと言えば「東大に入学したい!」より「サッカー選手になりたい!」ということの方を「夢」や「希望」として認識していますが、その夢や希望を持っている子どもたちはたくさんいるのに、実際にその夢をかなえることができるのはほんの一握り。どうしてなんでしょう。やっぱり、夢をあきらめたから、なれなかったんでしょうか?
ここで分かったような顔をして私の考えを書いてもいいのでしょうが、それではあなたのためにはなりません。確かに不親切かもしれませんが、答えはあなた自身が見つけないといけません。この手の疑問は、大人の答えに安直に「はい、分かりました」なんて言われると、ちょっと困るのです。
ぜひあなた自身で、「夢をあきらめるってどういうことなんだろう」と、よーく考えてみてください。たぶんいろんな考えがごちゃごちゃになって全然分かんない! となると思いますが、それで全然かまいません。とにかく自分がこれ以上考えられない、というところまでやってみましょう。
とにかくそれをやってみたら、次に「じゃあ、どうして人は夢をあきらめるんだろう?」と考えてみてください。こちらは簡単そうですが、いざ考え始めると、最初の質問よりも難しいかもしれません。気が狂わない程度に、懸命に考えてください。
考えがまとまらなくてもOK。こういったことに正解なんてどこにもありません。たぶん、いろいろな思いがあなたの中に浮かんでくると思います。できれば、その思いをあなたの友達やご家族の方と話し合ってほしい。もっといろんなことが見えてくるはずです。こういうことは、なぜか大人になってからではなかなか正面から考えることが難しくなります。そんなことを大まじめに考えることができるのは、青春まっただ中のあなたたちの特権です。それをぜひ活かしてください。私たち大人はあなたがそうするためのアドバイスはできますが、あなたに代わってそれを行うことはできません。
こういう経験をすることで、今あなたが持っている「夢」が本当はどういうものなのか、それをあなたはどうすればいいのか、少しずつ見えてくるはずです。ちょっと時間と手間はかかりますが、そうして見えてきたものは、今のあなたにとってとても大切なものです。それを大切にしてほしいと思います。
あなたにこの問いの答が見えてきて、「こうしたいんだけど、いい方法がないかな?」と感じたなら、そのとき改めて質問してもらえればいいと思います。

どんな夢ですか?
大事なことはその夢の実現に向け努力する姿・気持ちです。
「あきらめなければ夢はかなう」?
私はこう考えます。
①その夢は一生涯かけて叶えるものかどうか
②その夢は自分の努力だけでは叶わない経済的な裏づけが必要か。
③その夢を叶えるため貴方の家族や友人・先生などの協力が必要かどうか。
④今住んでいる街で夢は叶わず、都会に出て行かなければならないのか
⑤保護者の了解・承認を得られるのか。
考えただけでも前提条件が沢山あるのでもっと具体的に質問すればアドバイス
出来ると思います。
人が生きていくのには家族を含め周りの沢山の人たちの助けが必要です。
であれば、いっその事、皆を巻き込んで自分の夢を叶えてみればどうでしょうか。
貴方が言うとおりこの世の中で子どものころの夢を叶えた人は
どれだけいるのでしょう?
私は無責任に「あきらめなければ夢はかなう」などとは言いません。