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もっと教えて!フォーラム
回答・コメントする(No.8802)

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もっと教えて!フォーラム 質問 国際的な仕事について

2010/07/16 15:02  miyuさん[中学生・女]

[Q] 私は英語が苦手です。
しかし好きです。
なので将来国際的な事に
関わる仕事がしたいです。
母に言うと頭がよくないと
行けない。と言われました。
なので私はそうゆう
仕事に就くための学科に
行けないのでしょうか?

[A.13]

「ミトコンドリアとDNA」
まさに、「言語の進化」を探るキーワードですよね。
「はい」と「いいえ」が世界中のどの言語でも単純な音節で出来ていることなどからもわかります。

そして、もうひとつ、歴史が物語っていること。
古くは、「ネアンデルタール人」、最近では、ラテンやアフリカの人々のように、「語彙が少ない民族」は、他から侵略を受けているのです。

「日本語を大切にしない日本」は、やがて、そのようになってしまうのではないかということをを、本気で心配しています。
そういうことと「国際的な仕事につく」ということの関連についても、若い世代の方たちに意識していただきたいと思います。


[A.12]

万人に共通するエピソードではないかも知れませんが・・・

私は海外に滞在するとき,ホテルなどでサインを求められると,必ず漢字で書いた署名をすることにしております.すると,十中八九

「わーお,ふぁんたすてぃっく!」

などと喝采を浴び,こちらもいい気になって「isn't it!?」と返し,お話が弾みます.日本に行ったことのある方は,殊にすごいリアクションが返ってきます.こんなときにちょっとだけ,「う~ん,国際交流って感じ」と思ったりします.

外国の方とお話しするとき,食卓で良く言葉の話をします.外国語の中には名詞に性別があり(男性名詞・女性名詞),語尾や冠詞が変化することがありますが,この間ラテンアメリカの方と,ミトコンドリアは「男」それとも「女」?という話題で盛り上がりました.

「ミトコンドリアのDNAは必ず母親から受け継がれるものだから,女性名詞だと思うでしょ?でも,スペイン語でミトコンドリアは男性名詞なのよ!」

といった具合.こういった話を楽しむためには,自国の言語や文化に精通していることと,もちろんそれなりの生物学の素養が要求されます.一言でまとめれば,「教養」と言ってもいいかもしれません.


中学・高校といった世代の皆さんには,「教養人となる」ことを少しでも考えてくれるといいなぁ,と思います.私もまだまだ修行が足りませんので,真の教養人になれるよう,これからも精進していきたいです.


[A.11]

もちろん、「英語は重要度が低い」などとは、これっぽっちも思っていません。

ただ、「英語信奉」のような日本的?態度は、違うかな、と思っています。

「でも,現実には英語が「手段」でなく「目的」にすり替わってしまったような質問が,このフォーラムでも散見されます.」という通りすがりの大学教員さんのお考えと同じことを私も考えておりました。


[A.10]

ちなみに科学論文でも,関係代名詞で延々と繋がるような文や,受動態が多いですね.話し言葉では滅多にお目に掛からない分詞構文も頻繁に出てきます.でも「硬い」文章は,意外と読みやすいものです.

とにかく強調したいのは,英語力=英会話というのは大きな誤解だということ.

日常生活をsurveyすると,FMラジオでは意図不明な英語のナレーションがあったり,Tシャツや鞄には,native speakerをして「意味が分からない」と言わせしめる横文字の羅列,はてまた「英会話の習得には3歳から」というセールス電話・・・

物事の本質はそんなところにあるのではないと思うのですがねぇ.まぁ彼らも商売なのですから無下に否定も出来ませんが,知的能力を示す「言語能力」というのが,なぜか「英語力」に,それが更に「英会話力」というのに置き換えられてしまっていることに私などは強い違和感を覚えるわけです.

例えば問題を解決するのに英語を使うか日本語を使うかという問題は,例えてみればネジを外すのにドライバーを使うのかペンチを使うのかというような問題.要は手段の相違でしかありません.でも,現実には英語が「手段」でなく「目的」にすり替わってしまったような質問が,このフォーラムでも散見されます.青少年諸君には,主客を逆転させないで物事を見つめていく力を身につけて欲しいと思います.


[A.9]

 大人の回答が「英語は重要度が低い」と読めるかのように盛り上がっちゃっていますので、念のため。あくまで「専門分野を持つことに比べれば重要性は低い(ない)」のですから、間違いのないように。「英語だけできて中身のない人間は使いようがないが英語が苦手でも専門分野の知識があれば国際的にも活躍の余地がある」という意味です。
 ちなみに私は、中学、高校での文法中心の英語教育は大事だと思っています。一般的には「英語が話せないと」という雰囲気でセンター入試でもヒヤリングのテストがありますが、ビジネスの現場ではヒヤリングよりライティングとリーディングだと思います。
 英語の契約書は、日本語なら5ページ程度の内容でも20ページ以上の分厚いものになります。海外と契約をする当事者は会話ができないと交渉できませんが、国内で仕事している事務担当もこの契約書を読むことになります。つまり交渉は数人、英文契約書を読むのは数十人です。また、海外の人と会うよりは、電子メールで連絡をする機会の方が多いはず。発音が悪くても恥ずかしくないですが、文章が幼稚だったり文法が間違っていると知的水準を疑われます。
 なので、中学、高校では文法、慣用句、ことわざなどなど、きっちり覚えてください。関係代名詞で延々とつながるような文章は、法律や契約書の英文ではよく出てきます。


[A.8]

全く。笑

中学校の科目でも、「英語」という「響き」には、独特のものがあります。
「英語が出来る」生徒などは、「秀才」扱いされたりもします。

これがもし、「歴史が得意な生徒」となれば、「おタクでしょ?」ということになるのです。この差はなんなのでしょう!

先述の「英語の落とし穴」の裏には、「ぬぐい去ることの出来ない英語コンプレックス」などもあるのかな、と勘ぐりたくもなります。

とにかく、「英語」=言葉は、単なる道具に過ぎないのだから、「道具は、ひけらかしたりするためにあるのではなく、それをどう使うか」が問題なのだと思います。

英語が得意な学生さんにも、不得意な学生さんにも、考えていただきたいポイントです。


[A.7]

全く持って仰るとおりです.

より積極的に,私は語学に堪能であることは「必要十分条件」ですら無いと考えております.まぁ出来た方が便利ですけれど.

英米文学などを専攻するのであれば,英語が出来ることは必須条件でもありますが,こと「国際的な仕事」に関して言えば,海外でも売りに出来る自分の知識や技能を身につける方がよっぽど重要ですね.・・・いつか「プロジェクトX」で見た,英語など教わったこともないのに,社命で渡米して醤油をヒットさせた夫婦の話を思い出しました.

それよりも,「国際=英語」という図式を成立させている何かに,あきちゃんで〜す先生の仰るような「落とし穴」が存在していることを感じます.特に政治的意図があるわけではありませんが,私としては,変に英語を身につけて「出来損ないの国際人」になるより,「真の日本人」を目指して欲しいと思うのですが・・・.


[A.6]

佐久間さんのおっしゃるとりです!

もちろん、仕事上で「英語が出来る」ということは、「自分の専門分野において英語で仕事ができる」ということを皆さん意味されていると思います。
たとえば、海外移籍を狙うスポーツ選手が、英語だけ一生懸命やったところで、海外で活躍できるようには絶対なりませんよね。

もっと言ってしまえば、「英語が出来る」などというのは、国際的な仕事をするための絶対必要条件なのであって「武器でも何でもない」と思うのです。

そこが「英語が出来ればすべてうまくいく」ように出来ている?見えている?「日本の社会の落とし穴」とも言えるのではないでしょうか?


[A.5]

 国際関係に進みたいという方は、必ず「英語が」という話をされます。英語ができても、海外の人との仕事で使える専門分野がない人は、国際的には相手にされないと思います。英語も大事ですが、慣れの部分もあり、気合いでなんとかなる場合もあります。しかし、専門分野は、どうにもなりません。国際関係に進みたい方ほど、まず、専門分野を持ってほしいなぁと思います。

 私自身も中学まではともかく、高校で英語は嫌い、苦手になりました。でも、何の因果か、会計・監査の分野での翻訳書があったりします、共著ですから、1冊全部を一人で訳したわけではないですが。専門分野を勉強する過程で、その分野の英単語は頭に入ってくるものです。そしたら、あとはヒヤリングとライティングの力をつけるだけですね。それは、数をこなしているうちに、つくものだと思うし、ビジネス文書などはある程度の定型があるものだし。


[A.4]

「「習うより慣れよ」といいます。
苦手なことは、接する機会も少なくなり、ますます敬遠しがちです。
そして、「勉強が出来ないのは、頭が悪いからだ。」と自分を間違った自己暗示にかけて、挙げ句の果ては、「勉強が出来ないから、この世も終わり」とばかり自暴自棄になり、荒れに荒れて、周囲に迷惑をかけ、学校生活も成り立たなくなる…こんな少年を数多く見てきました。

「勉強が出来ない方がいい」とはさすがに言いませんが、「勉強なんか出来なくても、社会で生きていく道はいくらでもある」と思うのです。

だから、「勉強が出来ない」ということで、自分の人格まで否定してしまうような考え方は、少なくても中学生年代の少年たちにはしてほしくなくて、そのように書きました。

miyuさんにも、そこの所をわかってほしいです。


[A.3]

あきちゃんで〜す先生の仰るとおり,なんで国語を重視しないんですかね.・・・まぁ古典は外国語みたいなものですから,差を付けやすいですが,現代文については,現状の国語教育が,ややもすると「道徳教育」あるいは「名文鑑賞会」みたいになってしまっている以上,文章読解や小論文などは,客観的な採点が難しいのでしょうが.

大学でも,試験の多くが論述でなくなり,殆どの出題が選択式問題となりました.その影響か,記述能力が極端に劣る学生に出くわすことも少なくありません.たとえばこのフォーラムでも,「これはちょっと」というような国語表現をする質問者もいますよね.たまに編集部Blogなどを拝見すると,ボランティア大学生の中にも,ちょっと頂けない記述を見かけることがあります.国語能力の低下を,もっと社会的な問題として認識する必要があると思います.

・・・もっともこれは,私が子供の頃にも取りざたされていた問題です.小平邦彦先生という著明な数学者が,ご自身が小学生の頃の国語教科書と,昭和50年代の国語教科書を引用して,その内容の格差を嘆かれたエッセイを書かれていました.私もその充実度があまりに違うことに,驚嘆致しました.そして現在,息子(小二)の国語の教科書を見て,まさに「ぶっ飛んで」おります.ホント,このままじゃまずいと思うんですが.

ちなみに英語教育については,「慣れ」は重要かも知れませんが,それは中学校からでも十分だと思います.私は受験生時代,英語を主たる得点源としておりましたし,「得意教科」と言っても差し支えないと思うのですが,結局は勉強の仕方です.

・不規則なものを除き,綴りを見れば発音記号が書ける(いわゆるPhonics)
・単語よりも,短文を暗記する.音読しながら暗記する

という作業をみっちりこなせば十分.文法的なことについては,中学2年までに大学受験の問題がこなせる程度には習得できます(実際私はそうしました).単語だの文法用語などは,後付けの知識で十分です.単語などは,分からなくとも文の前後関係から推測できるようになります.・・・もっとも,これには多少の国語力が要求されるわけですが.

会話英語は非常にbrokenです.これをそのまま書き言葉にすると,先述したような「これはちょっと」という表現を英語でしているだけになってしまいます.ですから,ある程度折り目正しい英語を身につけた方が良いと思います.そのような理由から,英語教育の前倒しに私は大反対しております.本音を言えば,外国語教育は高校くらいからでもいいのではないか,と思ったりもしています.そんなことを勉強している暇があれば,もっと書き言葉を大事にした学習をやった方がいいのではないかなぁ.いわゆる「テクニカルライティング」というやつです.

脱線しついでに書きますが,英語にかかわらず,物事は学ぶのに適した年齢というのがあるのではないかと思います.理科などは,ある程度論理的・分析的思考が身に付いてきてからではないと,教育効果が上がりません.歴史なども,物語の伏線・結果のような「ストーリー」を理解できるようにならないと,暗記するのも大変です.

どうせ「ゆとり教育」をやるのなら,小学校は読み書きそろばんだけ,あとは中学生から・・・位に割り切れないものなのでしょうかねぇ.

miyuさんのご相談とは直接関係のない愚痴を長々と書きつづりましたが,多少なりともあなたのこれからの人生に「問題提起」できたら,と思います.

でも,諦めちゃダメだよ.


[A.2]

miyuさんへ

よく「勉強ができない」ことを「頭が悪い」と言いますね。でも…
「頭はよいが、勉強はできない。」人を「山ほど」知っています。
私は、「頭の良し悪し」と「勉強の出来、不出来」は、完全な相関関係にあるわけではないと思います。

むしろ、強い相関関係にあるのは、「自分は勉強が出来ないから、頭が悪いんだ」と「諦める心」です。これは、「頭が悪い」と自分で言っている人は、みんな多かれ少なかれ
持っている気持ちだと思います。そういう気持ちをまず捨てることが、「miyuさんの国際理解への第一歩」だと思います。
国際理解は、「自己理解」→「他者理解」→「相互理解」と進むのですから…。

「自分の心にフィルターをかけてしまうこと」が、まず、つまずきの第一歩になってしまっていると思います。

努力不足もあるでしょう。
でも、「私は、努力はしていますが…」という人も多いと思います。
日本の試験制度では、なぜか英語が重視されます。高校や大学入試なども、配点を倍にしているところもあるくらいです。私は、国語の点数を増やした方がよいと思っているのですが…笑

で、どういう人が「英語が出来る」か?を考えてみると、「英語にたくさん慣れ親しんでいる人」だと思うのです。
歴史の得意な人などもそうです。中学で習う歴史のことぐらい、小学校の時にとっくに「知っている」。そういう機会に恵まれたからですよね。

miyuさんは、もう中学生ですから、そういう機会を「待っているだけ」ではいけません。
自分から「不得意なこと」に挑戦する機会を増やすことこそが、「国際化への道」なのだと思います。そうした姿勢でいれば、道は自ずから開けてくると思います。


[A.1]

まず,「英語→国際」という発想は,不要です.英語はコミュニケーションを取るための手段の一つでしかなく,この手の質問に対する回答で良く言われているとおり,「英語が最終目的」というわけではありません.

あなたや私が書き込んでいるこの掲示板は,インターネットを介しておりますが,これはそれこそ全世界の隅々まで張り巡らされたネットワークです.身の回りのもので,純国産品というものは殆どありませんよね.・・・何を言いたいかと申しますと,どんな仕事だって,今や国際的だ,ということ.外国との関係を無視して仕事を進めることは不可能です.外人さんと直接関わらなくったって,国際的な仕事は十分出来ると思うんです.

まさに,'All roads lead to Rome'ですね.この諺は,inside-outな解釈では,「一つの真理・原理はあらゆる事に適用できる」と,outside-inな解釈では,「目的達成にはいろいろな手段がある」と捉えることが出来ます.

miyuさんは,「国際的な仕事」というものを,これからもう少し突き詰めて考えてみると良いでしょう.学校や学部の名前に「国際」と付いていれば国際的な仕事が出来るわけでもないのでしょうし,私に言わせれば,最もdomesticと言われるかも知れない第一次産業だって,(直接的ではないものの)十分国際的な仕事だと思います.

だからといって,慌てることはありません.あなたが更に学んでいくうちに,あなたの考える「国際的な仕事」のビジョンは固まってくるでしょう.

それよりも,頭がいいとか悪いとか,自分で言うのはやめましょう.自分を卑下したところで,何も得るものはありません.頭がいい=学校の成績がいいというのであれば,そんなものは勉強するだけで十分です.才能など必要ないのですから,学校の勉強というものは,世の中で最も簡単なお仕事だと思っています.それでも「苦手」とかいう人がいるのは単純な理由です.勉強していないからです.

miyuさんも,英語が好きなのに苦手,とありますね.きついことを言いますが,結局努力が足りないんだと思いますよ.英語は入学試験などで軸となる教科ですので,苦手のままにしておくと,後で泣きを見ます.ですから,英語は死ぬ気で頑張った方がいいです.・・・もともと英語圏の人なら特に苦労なく読み書きできる言葉が,習得するのにそれほど苦労を必要とするわけがありません.世の中の「英語苦手」といっている人には,得てして自国語(すなわち日本語・国語)がお粗末な方がいらっしゃいます.英語学習の成果が上がりにくい場合,国語力を振り返ってみるといいかも知れません.