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回答・コメントする(No.9180)

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もっと教えて!フォーラム 質問 作家についての質問です。

[Q] やっぱり作家になるには国語が得意なほうがゆうりですか?(漢字など)

[A.4]

かぼちゃさん こんにちは

私は作家ではありませんが、ライターの仕事をしています。
その観点と読者の観点でコメントしますね。

国語力と小説は
すでにコメントされている方々も書かれてますが
国語力と小説はイコールではありません。
しかし、言葉をたくさん知る事でコミュニケーション能力を高めますし
そこから生まれる発想であったり感性は
恐らく、小説にも不可欠ではないかと思うのです。

小説って、ただ、ダラダラ長文を書いているものではなく
小説を通して、作者はなにかを伝えようとしているでしょう。
私が最近読んだ「神様のカルテ」には
地域医療と先端医療の現状やそこに関わる医師の考え方も
伝えたい事のひとつとして描かれていました。

つまり、ライターにもいえる事ですが
伝える事の大切さと責任が
そこには関係してくる事もあります。
しかし、責任を逃れようとした作品では
読者の気持に響いてこないといえるでしょう。
かぼちゃさんも何を伝えたいのかがわからない小説って
読んでいて、つまらなくありませんか?
つまりそういう事なのです。

伝えるからには責任を持たねばなりませんが
その先にあるのは、読者の心を鷲掴みにする魅力
それが作家さんの個性でもあると私は思っています。

なんだか堅苦しい事を書いてしまいましたが
書く事が好きならば、今のかぼちゃさんが書ける作品を
書き始めてみてはどうでしょう?
国語力は、辞書を片手に動き出せばなんとかなります。
しかし、感性や個性は国語辞典では見つけられませんから
自分の気持に素直に、でも何を伝えたいかを明確に
初められる事をおすすめします。


[A.3]

かぼちゃさん

こんばんは。

国語を教えつつ、言葉に携わる立場から回答しますね。

僕も、基本的にまこさんの仰るとおり、国語と小説は別物だと考えています。

一方で、知っておくと有利なこともあります。

たとえば、ご質問の中にあった漢字ですが、これはもともと、中国で王様と神様の交信を記録するために生まれたものだという話を聞いたことがあります。

つまり、一つ一つの漢字に、意味や力が込められているとも言えますね。

言葉を生業とする場合には、そうした知識・知恵を知っておくことは、たとえば音楽家が繰り返し基本的なコードを練習することにも似ていますし、あとは野球の素振りをイメージしてもらえれば、その役割が見えてくるかもしれませんね。

もし漢字について興味があれば、白川静さんなどは面白いと思います。

その他、「編集」という視点では松岡正剛さん、そして言葉と日本社会のかかわりについては、『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』などもおすすめできます。

…とりあえずこんなところでしょうか。

また何か詳しく聞きたいことなどがあれば、コメントください!


[A.2]

お返事ありがとうございました!!ずっと作家になるには「こくご」が、
必須だと思ってました。私はすごく頭が悪い方なので少し安心しました(笑)。
でも、まこさんがおしゃっているようにどの教科もしっかり頭にたたき込んで
いきたいです☆


[A.1]

こんにちは、かぼちゃさん。
私は小説家が本業ではありませんが、小説を出版したことがありますので、
その経験から回答しますね。

かぼちゃさんの言う「国語」というのは、学校での国語の授業だと思いますが、
学校の国語(特にテスト)は、
小説を書くのに必要な発想力や表現力とは、ちょっとズレがありあます。
ですので、国語の成績が悪かったとしても、十分、小説家になれる可能性があります。
実際、私の国語の成績は、そんなによくありませんでした。

ただ、もの書きにとって「言葉」は武器です。
国語が好きなら言葉が好きということで、より自在に言葉を操れるでしょう。
まあ、国語に限らず、どんな教科も小説を書く上で決して無駄にはなりません。

漢字については、パソコンなどの文字変換機能の発達により、
漢字が書けることはさほどのアドバンテージにはならなくなっています。
むしろ、なんでも漢字に変換してしまう弊害のほうが問題です。
文章の雰囲気によって、漢字を使わない(「開く」といいます)ほうが
適していることもありますので、そこはセンスだと思います。