HOME > この人に聞きたい! > 冨田勲氏さん(音楽家)

著名人インタビュー この人に聞きたい!
冨田勲氏さん[音楽家]

写真:冨田勲氏さん

1932年生まれ。慶應大学在学中より作曲活動に入り、NHK「きょうの料理」や大河ドラマなどの番組テーマ曲を創作。日本初のシンセサイザーによるアルバム「月の光」が米ビルボードクラシカルチャートの第1位、グラミー賞4部門にノミネートされ、注目を集める。84年にはドナウ川及びその両岸と上空より立体的に音響効果を創り出すコンサート「サウンドクラウド」を行い、独自の音宇宙で観客を包み込み、深い感動を与えた。同イベントは86年にニューヨークでも開催、その後も「幻想交響組曲絵巻“源氏物語”」の作曲など、旺盛な活動意欲はとどまるところを知らない。


若者たちへのメッセージを中心に、これからの音楽業界の動向などについても語っていただきました。



第3章 本物は残る ~感受性が動機となる分野で~

びしびし指導することで感化される分野ではない。感受性が強く響いて動機になっていく。

【冨田】僕の場合、人に、特にこうしろ、ああしろという指導はしていないんだけれども、話をするうちに周りが感化されちゃうみたいなところがあるみたいですね。

初めてシンセサイザーを買って試行錯誤をしていた頃に、僕の二人の子どもは中学生と高校生だったと思います。特に息子には「こういうふうに生きろよ」と言ったことは一度もないんだけれども、自分の生き方が何か影響したのかなとは思いますね。今、息子[冨田勝氏・慶應大学先端生命科学研究所所長・環境情報学部教授]は遺伝子の研究をしています。遺伝子の世界は、息子の話を聞いていると面白いよ。音楽も「神の世界をのぞく」と表現している人がいるけれども、あの世界というのはさらに面白い。

若い人たちに説教じみた言い方で、こうすべきだとか、なせばなるとか、僕の場合はそういったものじゃないですからね。指導というのは、びしびし指導することで感化されるかといったら、そうでもないから不思議なものです。スポーツの世界は一つの技術だから、卓球の福原愛ちゃんなんて、幼い頃からすごい教育をされてきているし、演奏家も大変な訓練をする必要があるけれども、絵を描くとか作曲するとか何かを研究するというのは、それとはちょっと違うよね。感受性が強く響いたところが、動機になっていくようなところがあるのかもしれない。

まねをされても、消えないものは消えない。だから、消えないものになるべきだと思う。

【冨田】音楽業界に携わりたい人に向けては、やっぱり“好きなことはとことん”というメッセージかな。僕もとことんやろうと思ったわけじゃないんで難しいけど、ただ、中途半端にするのが駄目なことは確かです。

僕がシンセサイザーでオーケストラと似たような音をつくったときに、オーケストラのユニオンから反発を食らってね。似た音をつくるとは何事だと。でも、それをやったから仕事がなくなるという考えがおかしい。

面白い話があって、87年ごろにLinnという会社が「リアルドラム」というドラムそっくりの音が出るリズムマシンを開発したんです。そのとき、スタジオで働いているドラマーたちは職を失うのではないかと戦々恐々となった。ところが、ロサンゼルスにいるあるドラマーが、それを使いこなせるようになったんです。すると素人が打ち込んだドラムの音と、プロの感性で打ち込んだ音は、コンピューターの音になっても歴然と違うんですよ。しまいには、その人は仕事が増えて、録音のときに「今日は、生演奏とリズムマシンのどっちでやる?」って聞くようになったそうです。

そうすればいいんですよ。もっといい演奏をするなり、機械を使いこなせばいい。「シンセサイザーで打ち込む音に負けてしまうからやめてくれ」とは情けない。後ろ向きの考えでは駄目だと思います。まねされたって、消えないものは消えない。だから、大変だけれども消えないものの部類に入るようになるべきだと思う。

一方で、シンセサイザーのほうも、本物のストリングスに出ない世界をつくってやろうというぐらいでないとね。本物らしく、だけれども本物よりもさらに膨らませた世界を狙わないといけない。追従するだけでは本物以上の音は出ないと思います。

これからの一時期は、録音するために演奏して、それを売って収入を得るという方法は、難しくなると思う。録音したものを複製することを防御するよほどの科学的なものができない限り、ダウンロードをしたって、それが簡単にコピーされるわけで、それでは、もう作り手に印税は入ってこない。そもそも音楽というのは、昔はその場で演奏して消えてしまう、次に聞きたければ、もう一回演奏するということをしていた。だから、録音したものからお金を取るということはどういう意味を持つのか、また消えないものとは何か、しっかりと考える時期だと思う。